吾輩はどうやら人間ではないらしい

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1段低い床の、肌寒い場所から重たい仕切りを開くが音がした。
声が聞こえる。今日もぼくに話しかけている。
身体を起こす気は無い。温かくてふわふわしているこの場所は、ぼくの特等席だ。

地面の広いこの空間でぼくが暮らし始めてからもう随分経つみたいだ。一緒に暮らす、ぼくよりも随分身体が大きいこの生き物とは、時間の進み方が違うようだから、どのくらい長いのかは君たちには伝わらないだろうが。

ずっと一緒に暮らしているもんだから、言葉はわからなくても、こころはわかるようになってきた。
ぼくがお腹を空かしていると大好物の秋刀魚をくれるし、ぼくが退屈そうにしていると窓を開けてくれる。

ぼくにとってはここが全てで、唯一の居場所だった。
そう、あの日までは。


ぼくの主人が死んでしまったのだ。突然のことだった。
晴れたある日の昼下がり。ぼくはいつもの通りお気に入りの散歩コースを気の向くままに堪能し、最後にぼくよりも遥かに大きい窓の前に立つとそこにはいつもはない大きな壁により何も見えなくなっていた。
真っ白な窓の内側に出来た大きな壁。少しだけ空いた穴の隙間から覗き込んでも充分には見えなくて。壁はぼくの存在を拒絶するように堂々と立ちはだかるようだった。
何か触れてはいけない真実がそこにあるのか?はたまたぼくをからかっているのだろうか?

ぼくはとりあえず中に足を踏み入れることにした。
壁は想像していたよりもずっと柔らかく、ぼくを招いているようにその身を柔軟に歪める。
ニンゲンは壁なんか作らなくても彼らより強い生き物はいないだろうに、なぜ守るのか?同族に対してなのか?と疑問がふと出る。ぼくたちの常識では考えられない。
ーーーにゃーん

鳴いてみた。いつもなら彼らは寄ってくるはずなのに、今日は誰も来ない。
主人が死んでいるのに気づいた。僕は僕より大きい生物が死んだことにびっくりだった。



今、ぼくはニンゲンのメスの主人に飼われている。
飼われていると言うのは人間の考えで実際ぼくからしてみたら人間に飼わしてやっていると言いたい気分である。
ぼくがひねくれているのには原因がある。死んだまえの主人との思い出だ。
主人は賢く生きろ、とぼくによく言っていた。そして、ぼくをよく騙した。

鯖を目の前に置いていたから、取ろうとしたらぬいぐるみだった。どうりで匂いがしないわけだ。
落とし穴にも入れられたことがあった。泥を取るのが大変だった。
一つ隣の町に置いてけぼりにされたこともあった。道を通りゆく同種に訊きまくったのは申し訳なかった。

なんだろう。楽しかったのかな。
ためしためし
新しい主人に呼ばれた。いま、ぼくの名前は「ためし」らしい。
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