アカイマユ

18人が参加
パロディ

日が暮れかかる。新宿駅の雑踏は数多ある改札を結んで続々と流れ始めている。が、今の俺には整列乗車にご協力する気力なんてない。私鉄のホームを避け、人混みと人混みとの間のうごめく裂け目を縫うように、俺は黙々と歩き続ける。
――毎日、あんなにたくさんの人間が並んでいるのに、すれ違っているのに、どうして俺にはカノジョがいないのだろう。
と、もうなんだかよく分からない疑問を、また繰り返しながら。


ハルクの便所に入って小便をすると、そこには時折、濡れそぼったトイレットペーパーの残骸なんかが落ちていて、俺は不快になった。ペーパーは見透かしたふうに俺に流し目をよこしながら、「ま、そーゆうこともあるってばよ。」黙れし、ペーパーの分際で。
まったく。だいたい俺ペーパーじゃねえし。それに、まだ俺に運命のヒトが現れない理由だって、納得のいく答えが知れないから。
帰ってパーリーナイトするには、まだ早過ぎるんだ。
夜は毎日やってくる。夜が来ればパーリーしなければならない。パーリーしちゃうと寝付けない。だったら、こうして歩き疲れるまで時間を潰すよりほかにないぢゃない。
歩きながら、くだらない妄想をしてみる。――もしかすると、俺は何か重大な思い違いをしているのかもしれない。カノジョが「いない」のではなく、単に「忘れてしまった」だけなのかもしれない。……いやなんだそれ。どういうこっちゃ。うーん、まあそういうことか。つまり、たとえば、と……偶然すれ違ったオバチャンはストライクじゃなかったのでスルーし、あ、あの娘カワイイぢゃない。うん、あの彼女が、俺のカノジョかもしれないではないか。いや違うんだけども。でもまあ、ありえなくはないことだよね。言うも更なり、ほかの道行く女性たちと比して、彼女が特に俺のカノジョたりうべき蓋然性は一つだに思いつかないのだが。しかしそれは現状この地球上に住まう全人類について同様に言えることだし。またそれは俺のこの「止めどなく捧ぐべきカノジョへの愛」にとって、何らの障壁ともなり得ない。臆することはない。さあ、愛を語ろう!
折よく、小田急のエレベータホール横から聞こえてくる、名も知れぬバイオリニストの溌剌としたメロディ。ぎこちなくもピュアな感情が胸の奥で高まり、音になって躍動する。俺はリア充のごとく顔をほころばせ、彼女の元へとかけ寄った。
――ちょっとスミマセン、お尋ねしたいんですけどぉ。アナタは、私のカノジョではなかったでしょうか?
彼女の歩調が激烈に速まる。
――あの、ちょ。待って……
俺は呼び止めようとして、はたと行き詰まる。なんと呼び止めるべきなのか、呼び方が、分からなくなる。彼女が誰であるのか。そういうことは、俺のこのカノジョへの愛を前にして全く瑣末な問題でしかないのだが、それでは俺は彼女とどうやってお付き合いしていけばいいのだろう。俺はほとんどヤケクソになって、
――と、ともかくっ、アナタが私のカノジョでないというのなら、それを証明していただきたいのですっ!
「ハア?」とかでも可いから言ってくれればいいものを、彼女は俺を一瞥だにしない。その反応が俺をムキにせざるを得ない。
――証拠がないなら、私のカノジョってことでいいってことですよね、ていうか、いいってことじゃないですか! ねえ! ほら! レッツ! 愛を! 育もうよお!
返事の代わりに、彼女は改札前で待ち合わせていたらしい男と合流し、幸せそうに構内へと入場した。ああ。ですよねー。これが、この現実という野郎の正体である。誰かのカノジョであるということが、俺のカノジョじゃダメな理由だという、ちゃんちゃらおかしい論理を押し付けがましく押し付けてきやがるのが、いつものこの日常である。
だが、何故。何故、あまねく想いは誰かに対するものであり、俺に対する想いではないのだろう。いや、俺に対するものではないまでも、せめて誰に対するものでもない想いが一つくらいあったっていいではないか。ちょいちょい、俺は錯覚した。
ブックマーク: 1
18%

***ログインして続きを書いてね!***
ログイン