下へ移動

上に戻る

彼女は勇者

5人が参加
コメディ ギャグ

「魔王タカシ! ついに見つけたぞ!」
これが7秒前の彼女の発言。
転校生の自己紹介としての第一声が「私は勇者ミコト・フジヤマだ」だったか。この時点で、だれもが彼女と関わりたくないという印象を持ったはずだ。
僕は、彼女に首を絞められながら少し回想する。
起床したのは14分21秒前。
遅刻を危惧して晴れ渡る通学路を自転車で爆走した。
ハアハアと息を切らせながら着席すると同時に、担任が入ってきたのが47秒前。
困惑気味の表情をしていたが、疲れのあまり気が向かなかった。
34秒前。
「今から転校生を紹介します」
うおーっと周りが盛り上がる。
30秒前。
美少女が扉を開け、教壇に立つ。男子のはやし立てる声が飛び交う。
26秒前。
「私は勇者ミコト・フジヤマだ」
静まり返る教室。
次に彼女がとった行動というと、クラスの名簿を手にしながら、生徒たちの顔を順々に眺める。謎の時間が流れる。
7秒前。
突如、すさまじい形相となり、脈絡なく怒号を飛ばす。
「魔王タカシ! ついに見つけたぞ!」
足を踏み出し、周りの机にぶつかりながら、僕の席へと肉薄する。
で、現在、僕は首を絞められている。
起きて20分も経っていないから、じつは僕が寝ぼけているだけで道理にかなった展開かと過去をさかのぼり吟味してみたが、やはりこれはおかしいのではと結論に至る。
勇者がこの日本にいるはずもなく、一般高校生である僕が魔王であるはずもない。
周りの反応も、ドン引きの様相だ。
とりあえず誰か助けてほしい。
そして、目が覚めてから気づいたのだが、この態勢はやばい。いろいろ当たっているし、いい匂いがする。変人とはいえ、美少女だ。美少女の腕の中で死ねるなら......。なわけねーよ。こんなところで死んでたまるか!まだ童貞だぞ。
「フジヤマさん!なにをしてるのっ!」
あまりの異常事態に静まり返った教室内に我に返ったのだろう。
先生は怯えと焦りの混じった叫び声をあげて、こちらに走ってきた。
走ってきた、というのは正直を言えばわからない。先生のものだろうヒールの音がカツカツカツと甲高い音を立てていたから、きっと助けようと走ってきてくれているのじゃないかと思った。
カツカツカツ、近付いて大きくなる音に比例するように目の前の美少女は力を更に込める。
「ぁっ…!!っ…!」
もがいた。首に絡まる手のひらをひっかいて、引き剥がそうとする。
もはや匂いなど一片も気にする余裕はなくなった。
顔中に全身の血液がとどまっているような圧迫感がひどい。ひっかく指から力が抜ける、視界がやにわに白くかすみだして…。

遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえる。
揉み合うような、暴れるような音がする。
ふと気付くと、息ができた。
「ハッ…!っげほ、げほっ!」
目の前がひどくチカチカした。
自分を勇者だとのたまった彼女は、先生と大柄な体格の生徒に取り押さえられている。強烈な感情のこもった目をこめて僕をみていた。

正直に言おう。
この時、僕は今までにないくらい胸が高鳴っていた。
授業終了のチャイムが響いた。
突如やってきた尋常ではない転校生、自称勇者は生徒指導室に連れていかれ、そのまま戻ってこなかった。
朝の件で、周りの生徒がひそひそとささやきあっていた。話しかけてこないが、そのひそひそ話は間違いなく僕を中心としたものだ。こちらにまで異質な視線を送られるとは心外だ。
絵にかいたような美しさを備え持つ少女と、平凡な風貌でコミュニケーション能力の乏しい陰湿な僕。まんいち僕がクラスの人気者だったら、笑い飛ばしたりできる話題だっただろう。
僕はひめやかにカバンに手を取り、そそくさと教室を出る。廊下に出た瞬間、教室からホッとした空気が流れたような気がするが無視する。
一人寂しく階段を降りながら、朝のことを静かに顧みる。
彼女に首を絞めつけられ、解放されたときに感じた、あの胸の高鳴り。美貌に心惹かれたのだろうか。いやいやと、内心で首を振る。殺されそうになった人に恋するとはありえない。これこそ笑い種だ。
おそらく、手を離されたことにより、圧迫された分心臓に血液が流れ込んだため、そう錯覚してしまったのだろう。
夕日に照らされた昇降口を突っ切り、玄関で靴を履きかえる。
にぎやかな喧騒が漂う校舎を背後にする。友達のいない僕にとっては無縁なものだ。
僕ははたと足を止める。
校門にたたずむ美しい少女。つややかな黒い髪と、滑らかな白い肌が、オレンジ色の夕日に輝く。
手にはスマホを持っており、なにやらいじっていたが、向こうも僕に気づいたようだ。
長いまつ毛に縁どられた、大きい瞳がぼくのものと合う。
朝と同じ強烈な光をたたえ、小ぶりな唇が開く。
「待ってたぞ、魔王タカシ」
険を含みながらも、ハープを奏でるお姫様を彷彿させる声。
どういうわけか、このとき僕は再びどくどくと鼓動を打つのを感じた。
ただ聞きたいことを先に話すべきだと僕は判断した。なぜ僕が魔王なのか?君はキャラを作ってるのか?
ブックマーク: 0
5%

***ログインして続きを書いてね!***
ログイン