車窓より

4人が参加

いつもの路線。
午後17時18分。
わたしの最寄りまで、8駅。

今日はすこし疲れてしまった。
身体があたたかい。
ぼんやりしている。

何気なく開いたプレイリスト。
シャッフル再生。
イヤホンから流れ出る。
foward numberの「happy song」だ。

ぼんやりしている。
―――次はー、フクザワー、フクザワー、お出口は、…
あと2駅か。

顔を上げると、視界がひらけた。
午後17時26分。
見慣れたはずの夕暮れ。
なぜだろう。
今日はとても、広い。
どこまでも続く山なみ。
紅い空が窓を埋める。
――これが、わたしの町か。

ただ流れる窓の外を、フローリングに胡座をかいて見ていた。
うつらうつらして、少し目を開くたびに、世界が少しずつ色味を落としていくように感じた。
この街のあちらこちらに居着く思い出の断片が、まるで火を灯したみたいに私の眼前に広がる。主張しだす。
ベランダの外には幽かな風が揺蕩っている。街のあなたに薄霞む山並みはますます青く、まるで別の世界であるかのようだった。

ノグチの街は駅から離れるごとに住宅と田畑が入り交じるようになる。
建物の背が低いので、天気がいいとどこまでも見渡せた。
つまらない街だが、生活に足るだけの一通りのものは揃っている。
そして何より、私のふるさと。
シャッフル再生にして小さくかけていたプレイリストが、number boyの「omoide in my brain」まで回ってきた。
雲の濃淡の隙間から見える星の光が、チカチカと点滅しているようで綺麗だ。
今は19時35分。
明かりを消した私の部屋に、星の光と街の光が差し込む。
まどろむ私を包むぬくもりは、誰がくれたもの?
流れてくる風が私の頬を撫でて、まるでこの空とひとつになったようだった。

午前5時19分。
ノグチの駅のプラットフォームには霧が立ち込めている。
青白い光の中で、ぼうっと浮かび上がる駅名標。
電車がくるまで、あと5分。

昨日の疲れはもう取れた、気がする。
なんたって今日も働きに出なければいけない。
吐く息の白さは、霧に溶け込んですぐに目立たなくなった。
私は今、霧を生み出している。

電車がやってきた。
車両に乗り込むと、ふたりだけ先客がいた。
動き始めたあとで車窓に目をやる。
昨日の夜に感じた空の広さはないけど、それでも私には、この世界がひととおりどこまでも続いているような錯覚を与えるだけの視界があった。
この電車が向かう先は、見た目から感じられる「果て」よりも遠くなんだろうと、なんとなく思うけれど。

定刻通りにフクザワを発車した電車は、霧の世界を抜けて都市へと歩みを進める。
車窓の外の青白さもいくらか和らいで、オレンジ色の光が山の隙間から出たり入ったりしている。
気まぐれに照らされる私の首元も、日が山の陰に入るたびに、たまのぬくもりを名残惜しく感じたりしていた。

午後21時30分。
終電に乗り、フクザワにいつも通り赴く。まだ慣れない仕事用のファイルを眺めるのをやめ、ふと窓を見た。明かりが点いている家が何軒かあるだけだ。電車の中だというのにタバコに手をやろうとする。

過去形で止めた青春に別れを告げ、ただ心を機械にしたはずなのに、夜景に胸が締め付けられる。明日もまた今日と同じ生活をしているんだろう。
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