今頃どうしているのだろう

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「……アナタって本当にデリカシーが無いわねぇ。私は何回も傷ついて、何回も上手くいかせようと頑張っているのに、アナタは何にもしようとしない。
もう、いいわ。私はきっと、アナタが『変わろう』と思うまでの存在ではないのよね。今までそれを認めたくなかったけれど…潮時ね。
私はアナタに、自分の気持ちを曲げてまで変わって欲しいだけじゃないし。離れた方がお互いのためよ。」

普段と変わらない様子でそう言った彼女は、普段と変わらず、美しかった。

部屋の半分に空白ができた。
僕の生活の半分にも空白ができた。
今頃どうしているのだろう。
あれから僕は彼女の面影だけを頼りに生きていた。彼女に似た女優、彼女の好きだったブランド、彼女の行きつけのレストラン……。でももう彼女は目の前にはいない。
その虚無感を無理矢理、埋めるように、僕は仕事に没頭した。しかし、今までよりもミスが目立つようになり、日に日に会社への足取りも重くなっていった。忘れようとするほど、彼女の偉大さを痛感させられるのだ。
信号待ちにウィンドウに映る平凡な自分を見た。あまりにも平凡で笑えてきた。
彼女の笑う顔が何度も僕の目の前に浮かんでは消える。こんな自分はあの人には釣り合わないだろう。
別れを切り出されたのは必然だった。僕はいつだって彼女の光に照らされてばかりだった。
真夏の太陽が降らせる眩しさは僕だけのものではないのだ。

街。揃わない足取り。雑踏が織りなす美しくないシンコペーション。方向の定まらない都会のリズム。
全てが流動的に動くこの場所に僕のための陽だまりはない。
であるならば、今まで自分に当てられていた光は、どうして僕のほうを向いていたのだろう。
人並みに紛れながら、誰が誰とも分からないような人並みをくぐり抜けて、いや、もみくちゃにされるようにして、ふらふらと彷徨う。
この星空は僕の為のものじゃない。あの光の下で働く誰かを照らす光だ。

夜七時の神保町は僕の体温をみるみる奪っていった。
でも部屋に帰ればあの空虚な半分を見つめなければいけない。
部屋を穿つnullと向き合わないといけない。
彼女が残していったあの格子に囚われなければいけない。
浮かんで消えてゆくはずの彼女の笑顔がドロドロに溶けてゆく。
僕が縋っているこれは何だ?
自分の中で肥大化した虚像が僕の精神をポコポコと殴る。
僕の精神は邪悪そのもので出来ている。
殴られることは痛いが同時にありがたさを感じる。
身勝手に生きてきた自分を罰してくれている。
こんなことは償いにはならないけれど。
街頭が照らすはずのアスファルトがみるみる黒々としてきて僕を吸い込んでくる。
僕が捉えている世界の色がくすんで見えるのは僕の精神的な弱さの発露でしかない。
もう誰もお前に光を当てない。

あれだけ幸せだった時間、その時間に、彼女に、情けないまでに縋っていたことに今更になって気付かされている。
与えあっていたつもりだったのに僕はいつのまにか奪うだけになっていた。
そのことから目を背け続けていた。
仕事は僕を癒やさない。
町中に留まる彼女の残滓を追いかけてもあの光には及ばない。

「私はきっと、アナタが『変わろう』と思うまでの存在ではないのよね。」

違う。
変わりたい。
変わりたいんだ僕は。
僕が僕でなくなったような変化を君に見せたくて必死でもがいているんだ。
でもまだ僕は何もなし得ていない。なし得られていない。
そんな僕が不甲斐ない。
もう、伝える術もない。

女々しい男のすすり泣く声を、地下鉄のホームが飲み込んでいく。
入線したメトロのブレーキ音が、目を覚ませと僕をはたく。
もう、奮い立つものも何も残っていない。
彼女に潮時を認めさせた僕も、やっと人生の潮時を覚えたのかもしれない。
帰りたくない。
握りこぶしを作ったままの右手が、ぶら下げられたままになっている。
電車は多くを乗せたままにして、ただ帰途につく人々を吸い込んだ。
動き出す音と同時に、その巨躯が纏わりつく空気を引きずって、僕の行きたくない方向へと進み始めた。

僕はホームに立ち尽くしたままでいた。
涙が溢れる。こんなはずじゃなかった。
じゃあこんな風にならないように僕は何ができた?
何をした?
俯いたまま自問自答していると、目の前で止まる一人分の足が見えた。

「あれ? 佐藤くんだ、佐藤くんじゃないの」

大学を出て以来、久々に見る顔がそこにはあった。


彼は今頃何をしているだろうか?あのとき彼を私は突き放してしまった。そうせざるを得なかったのだ。彼はきっと深く絶望してしまったんじゃないかな?女は男を忘れるとは言うけど私はまだ彼を忘れられない。
街を出たら、ウィンドウの自分の顔にしかめっ面しているあなたを見かけた。私は少し興味本位で彼の後をつけていた。太陽の眩しさがアイロニーのように降りかかっていた。
私の気持ちとは裏腹なほどキラキラと輝く太陽。
太陽は見上げる人を選ばないんじゃなかったっけ?ああ、後悔はしてないよ。間違った決断ではないもの。でも、あと少しだけ。
あと少し…あと少しだけ彼を見ていたい。
そう思っていた。
だけどその直後、私は後悔した。
彼は、私の知らない女性と話をしていた。
彼と別れたことに後悔はないけれど、その光景を見ていると…なんだかとても嫌な気持ちになった。
胸の辺りがモヤモヤとする。
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