明日世界が終わるから

32人が参加
なんでもあり

ある日突然全国の全てのテレビから一斉に発表があった。それからラジオ、ネット…感染していく様にそのニュースは広がっていった。
「明日世界が終わります。全ての法律は消滅し通貨は意味を成さなくなります。本日から全ての自由も、義務も、秩序も無意味となりました。
それでは良い一日をお過ごしください。」
もちろん全世界の住人はパニックになった。そして、全ての情報を話せ!と世界中で暴徒と化した人々が暴れ始めた。私は本当に世界が終わるのを知っているから、それらが意味ないことも知っている。
暴徒となった人々は世界を壊し始めた。ニューヨークでは自由の女神が破壊され、フランスではシャンゼリゼ通りが消失した。本当の終わりよりも早く、人々の生活は終わったんだ。人心を統制していた秩序や義務が無意味となったいま、人心を調整する外部機関は全て消えた。まず、一段階目で精神的に世界は終わった。
「……終わりの始まり。そんな所かな?」
そんな私はマサチューセッツ州の研究所で励んでいた職を辞して故郷へと帰っていた。
この山の中にある古い家は今は祖父だけが暮らしている。少し離れた場所に小さな村があるだけの隔離されたド田舎だ。
私は祖父が持って来てくれたソーダを片手に現在の情勢をタブレットで確認していたのだがそれを祖父が覗き込んで来て顔を上げた。
「またスマホで遊んどるんか。地球が終わるっちゅーのに。」
「遊んでないよー。情報収集。おじいちゃん達の方がよっぽど呑気じゃない。」
私は苦笑がちに返すがそんな祖父を含めたこの付近の人々を好いていた。でなければここへは帰って来なかった。
ここにいる人達は情報源が少なく世界が終わるだなんて聞いても現実味が無いのか皆落ち着いている。
パニックにもならずただいつも通りにこの世界を生きるだけだった。
そして、おそらく一番幸せに世界を終われるんだろーなって思う。知らないことが幸せだ。この情報で溢れた世界は同時に余裕のない世界を生み出したのだ。だからきっと世界はまた一から真っ白な世界をつくりあげるんだろう。しかし、そこにはもう人類はいない。
*
僕、八俣初乃(やまた はつの)は小学六年生の12歳。
3年前に両親を事故で失ってからは父方の祖父母の家があるこの千合村(せんごうむら)で暮らしている。
ずっとそこそこの都会で暮らしていた僕が小学校にバスで1時間かけて移動しなきゃいけないこの生活にも、
皆が各々で出来る事をやって暮らしていかなくちゃいけないこの村の空気に慣れるのにも少しばかり時間はかかった。
でも祖父母も優しいしご近所さんも親切で友達も出来た今それなりに日常を楽しく謳歌している。
そんな夏休みの終わり頃である今日。突然世界は壊れてしまった。
「世界が終わります」だなんて一言。それがトリガーになって脆くも崩れ去った。
しかしこの村はどうにも情報の伝達が遅かった。まるで何かに守られているかの様に。
僕は前の家から持って来た父さんのパソコンがあって、それを我儘で使える様にして貰ったから皆よりはいろいろ知っている。
でも不思議と怖いとは思わなかった。この村の平和ボケした空気もあるけど、何より。
父さんと母さんのいる所に行けるならそれも良いのかなと思ったからだ。
そんな事を考えていたら祖母が煮物を作り過ぎたとか何とかで僕にお使いを頼んで来た。
「初乃、久隆(くりゅう)さん所行ってこれ渡してくれんか?」
いつもの事なのでそれを受け取ると早速村を出てさらに山中深くへ走り出した。
久隆武雄(くりゅう たけお)さんは村を出たさらに深い場所で暮らしているおじいさんだ。
それだけだと何だか偏屈なイメージがあるけど普通に良い人で僕がここに来た時はいろいろ面倒見てくれたっけ。
「久隆さーん。おばあちゃんが煮物作ったって!」
家へ辿り着くと玄関の扉を叩いて大きな声で呼ぶと「へぇ、食べたいな」と言う声。…それは女性の声だった。
あれ?と思ったけどそう言えば村の人が久隆さんちのお孫さんが帰って来たとか何とか…言ってたっけ。
思わず僕は声のする庭の方へと向かうとそこには白いワンピースを着た黒髪の女性がタブレットとサイダーを持って縁側に座っていた。
それが久隆永久子(くりゅう とわこ)との初めての出会いだ。
「君、だあれ?初めて見る子だね。」
――――…そして、初めての恋をした瞬間でもあった。
世界が終わる日に始まりの恋をしてしまったんだ。色白で清楚な純和風という少女。彼女が何かを答えたが、僕はもはや聞いていなかった。ただ彼女に見惚れていた。彼女はなんでも僕より少し年上らしい。そんな大人っぽい雰囲気も、この田舎にはない都会っぽい雰囲気も、僕には初めて見る人だった。
気が付いたら彼女は僕を家の中に誘っていた。
彼女はなんとアメリカからここに来たらしくて何処か大人びていて知的だった。
でもそれでいて言動は可愛らしくてユーモアに溢れていて、何だか掴み所が無いとも思う。
「…あの、…アメリカの中学校ってどんな感じなの?マジで明日世界滅ぶんなら中学行けないなあって…」
「んー?私中学行った事ないからなあ。わかんない。」
どう言う事だと尋ねようとした所で武雄じいさんが部屋の奥からやって来た。
「永久子はな、とても頭のええ子で6歳でトビキュウっつーんか?アメリカの大学を卒業してなあ。」
「ええっ!?」
「いや違う違うおじいちゃん。大学卒業したのは5歳の頃。6歳は博士号ね。」
軽く否定する永久子に僕はぽかんとした顔を向けていると彼女はけらけらと笑い出し
「煮物渡すんじゃないの?」
その言葉にハッと我に返り武雄じいさんに袋を渡すとスイカを切ってくれると言うのでご馳走になる事にした。
だって永久子…彼女もいるから。
ちらっと横目を見たら彼女もこちらを見てにっこりと笑っている。
「初乃くん…だっけ?綺麗な名前だね。はっちゃんでいい?私の事もとわちゃんで良いよ。」
僕はただ黙って頷いた。
「パパとママが離婚して、ママの実家に連れて来られたの。そこがここ。
あの頃は幸せだった…。この場所の高純度の光や空気を身体に纏えるだけで何よりも価値があった。
でも私はここに居るのは相応しくなかったの。学者のパパにね、連れてかれた。」
そう語る彼女は実年齢の14歳よりも…いや、世界中の大人よりもずっと大人に見えた。
そうして縁側に差し込む陽光を見据えるその横顔に僕はまた釘付けになってしまう。
僕はそのあと寝てしまったらしい。縁側でそのまま。彼女が毛布をかけてくれたみたいだ。ずっと隣にいてくれたらしい。もう3時だ。世界が終わるのは明日のいつなのかわからないがもう時間がない。だけど、最後はこんな平和的なのもいいなって思ったんだ。だけどーーーーー
「嫌だ!」
少なくともここで先程生まれた恋をそのままにしておくなんて僕には出来ない!
そう思ったら居てもたっても居られず永久子…とわちゃんを探した。
他人の家だって事も気にせず台所も、他の部屋も、2階にも上がった。
でも彼女は愚か武雄じいさんの姿も無かった。……あとは。
「ここは……」
残るは2階奥の洋室らしき扉。
武雄じいさんの部屋は1階の奥で2階の他の部屋も殆どが物置状態になっていた。
恐らくここは彼女の部屋。ノックはするが反応は無い。
僕はおそるおそるその扉を開いてみた。
そこでとわちゃんは凄い勢いでパソコンのキーボードをカタカタいわせていた。そこには先ほどいたとわちゃんではなかった。まるで修羅のようだった。狂気の笑いをあげて、なにやら難しそうな独り言をつぶやいている。僕はびっくりして、見たことを忘れようと思い扉を閉めたそのとき!
「ああーっ!終わった終わった!」
その声は極めて軽いもので思わず気になってせっかく閉めた扉を開けてしまう。
とわちゃんは大きく伸びをしてパソコンだらけの部屋の中でゆっくり立ち上がっていた。
「んん~、ダメだね。作業量多いとは言え2時間近くかかったわ…もう年かなあ?」
そんな事をぶつぶつ言う彼女に僕は硬直したままだったけれど、くるりと振り返る彼女の顔は先程の明るい少女そのもので。
「ねえはっちゃん!デートしようよ!連れて行きたい場所があるの!」
ぼくは「デート」という単語に過度に反応してしまい、頰が異常なピンク色になってしまった。はにかみながら、ぼくは、「かしこまりました!」と素っ頓狂な返事をしてしまった。とわちゃんは笑って、「かわいいなあ、もう」と言い、手を差し出してくれた。
手を引かれて連れて来られたのは深い山の中だった。
昼過ぎとは言え山道は薄暗く木々の隙間から見える青い空ととわちゃんの手の温もりだけが微かな安心感と高揚感を与えてくれた。
「私はね、ずっと心理学について研究していたの。特に専門としていたのは催眠とサブリミナル。…解るかな?」
「催眠術はまあ…。サブリミナルって、さりげなく映像の中に何かの絵とかを写し込む事だっけ?」
「良く知ってるね。でもそれはあくまで応用と言うだけでサブリミナルって言うのは人の知覚に無意識下で刺激を与える事で生まれる現象なのね。」
理科は得意な方だけどとわちゃんの言う事は僕には少し難しかった。
それよりも次第により暗く、深くなっていく山道の先に不安の方が大きくなっていく。
「パパと、賢い大人達は音や絵、動画なんかを使って人を操る事が出来るのではいかと本気で考えた。
本当はそんなに興味は無かったんだけどパパ達がさ、どうしてもって言うから私、作ったの。
……でもね、私はパパ達の考えには賛成出来なかった。」
そこでふと口ごもったとわちゃんの顔を覗き込もうとした時突然彼女は駆け出した。
躓きそうになるのを何とか堪えて、山道を抜けた先は僕も知らない崖だった。
その先には澄んだ青空と真っ青な海。とてつもない絶景が広がっていた。
そして彼女はそんな景色を背にして僕に言った。…とても、切なげな、世界一美しい笑顔で。
「はっちゃん。私が神様だったとしても好きでいてくれる?」
僕は思考が止まっていた。とわちゃんが神ってことよりも、この恋心がバレてしまっていたことのほうに動揺が隠せない。顔から火が吹き出そうだ。いつばれたんだ??
「いやねー。神さまなんだからあなたの考えはお見通しよ。ていうより、あなたの場合、顔に出てたけど」
とわちゃんは僕の手を離すと軽く伸びをしながら景色の方へ向き、
「……なんかね、反抗期でいっちょ世界滅ぼしちゃいますか!
…そう思ってたんだけど私の名前何度も呼びながら寝てるあなたの可愛い顔見てたらいろいろ思う所が出て来て。」
寝てる時?ああ、そうか。とわちゃんは僕が寝た時ずっと傍にいてくれたんだ。
とんでもない事を彼女は言ってるけどそれよりもそんな僕の知らない事実に顔はさらに真っ赤になり俯いてしまう。
そんな僕の顔をとわちゃんは覗き込む。…それは酷く真剣な表情だった。
「人類の半数以上はね、明日にはゆっくりと絶望に呑まれ遅かれ早かれ死んでいくはず。
というか既にもう、疑心暗鬼や自暴自棄に囚われて人類は殺し合いを始めている。
私は致死量の毒を散布してしまった。メディアを使うと言う形で。これは今更取り消せないの。作成者たる私であっても。」
明らかに只事ではない話にさすがに僕も世界が滅ぶ実感を嫌でも感じてしまい神妙な面持ちで顔を上げた。
そんな僕にとわちゃんは微かに微笑んで、
「でもね、この土地の人達と君は助かる様に辛うじて細工しておいたよ。そして私が大切に想っている人達。
彼らだけは生き残る。世界は終わらない。…まるでノアの箱舟みたいになってしまったのは、ムカつくんだけどさ。」
頭をぽりぽりかきながらはにかむ彼女に僕は嫌な予感を覚えた。
しばらく沈黙が続いたが意を決して僕は彼女に尋ねた。
「………とわちゃん。とわちゃんはどうなるの?」
「私も生き残るよ。神だもの。ただあなた達とはもう会えなくなるわ。神には神の秩序があるの。私は好き勝手しすぎたわ。それにね、あろうことか人間に恋までしてしまったの。こんなはるか小さい子供にね」
「え?」
僕はドキッとした。最後の言葉が胸に届いたあと、とわちゃんと会えなくなることに気がついた。
「……私は永久になる。だから永久子。私が神様になる事はね、賢い大人達に決められていた事なの。」
悲しげに、名残惜しそうにそう言いながらとわちゃんは僕の頬を両手で包み込むとじっと見つめた。
僕は先程からずっと、寒気がする様な嫌な予感がしていると言うのに何も出来なかった。
「久隆永久子と言う女の子がいた事、忘れないでね。君が恋した女の子もまた、永久になる。」
とわちゃんは僕にそっと唇を重ねて来た。まさに、世界が永久に止まった気がした。
………実際はなんて事無い一瞬だったと言うのに。
そして彼女はすぐさま僕の元を離れて崖の向こう側に駆け出した。
その間際に振り返り、
「はっちゃん。私が神様だったとしても好きでいてくれる?」
先程と全く同じ言葉を口にしたその瞬間、彼女は崖へと真っ逆さまに落ちていった。
とわちゃん!悲鳴の様に彼女の名を呼びながら手を伸ばして追いかけるけれどその頃には遠くでボチャン、と言う音が響くだけで。
「…………。」
僕はただ、崖の先っぽで茫然と跪く他無かった。
しばらくして、僕は病院にいたことに気がついた。とわちゃんのことを知ってるか?と聞くが、だれも知らないと言っていた。女の子の遺体もなかったと。もしかして、と思い、家の場所を尋ねるとそこは今は空き地だと言われた。
病院と言っても近所にある小さな診療所で僕もぴんぴんしているし
大丈夫だろうと言う事でおばあちゃんとおじいちゃんが迎えに来てくれてその日にすぐ退院する事が出来た。
もう空は茜色になっていた。…まるで全てが夢の様だった。
家に帰ると何とか気を取り直して部屋へ戻り、何となくパソコンを起動する。
適当にニュースをチェックすれば本当にこの村の外では全世界が未だにパニック状態らしい。
でも、もうどうでも良かった。世界が終ろうが続こうが今の僕にとって何も変わらない様な気がしていた。
……次にメールチェックすると一通のメールが届いていた。何だろうと思う前にその件名に僕は硬直する。
『件名:私の初恋だった君へ』
「届いたー?はっちゃん!あなたが寝てる間にこのメールを作成したのよ。あなたが寝てる時から覚悟は決まっていたわ。いや、私は神だから、あなたが来る前からも知らないわね。ちゃんと送信時間も設定して送ったわ。なんで、メアドを知ってるかって?それは言わないお約束。真実はときに人を傷つけることを覚えといてね(笑)
きっとこのメールを見てる頃、久隆永久子としての私は既にもういないよね。知ってるよ。
でもね、神様としての私はもう何処にでもいる。あなたの傍にも、何処にでも。
最後に、このURLをクリックしてね。これは貴方達を助けるためのワクチンなの。
さよなら、大好きな可愛いはっちゃん。
https://eternallady.vac.xxx 」
…僕はそのURLをクリックした。
そこには僕ととわちゃんが最後に見た青空と海みたいな景色がずっと続くアニメーションが画面いっぱいに映っている。
僕は首を傾げてカーソルをくるくると動かしていたら水平線の部分だけにリンクが貼られている事に気付く。
そしてついすぐさまカチッとそのリンクを押した、その瞬間だった。
外からラッパの音が大音量で鳴り響く。何なんだと音のする方を見るとどうやら村内放送のアナウンスらしい。
……しかしいつもならこんな音は鳴らない。僕は立ち上がり部屋の窓を一気に開いた。
近くの住民もみんな窓を開けているようだ。僕たちの目は一つの場所に釘付けになった。そこはこの村の北にある高い高い山があるところだ。遠近法など無視するかのように頂上と美しい光景が広がった。
山のすぐ上空に沢山の白い鳥達が何重もの円を成して飛んでいる。きっちりと、歪む事無く。
そして七色の花弁がその周囲を舞い、きらきらと何かが光っている。
恐らく鳥達が持って来たものを山の下で落とした結果その様な光景が出来上がったのだろう。
けれどもそれは常識的には考えられない事だ。
それを見て村の老人達は山の神様だと噎び泣き、若者達は茫然とし、大人達も感動で涙を流し子供達は無邪気に外を駆け回り始めた。
けれども皆一様にその今にも神々や天使が降臨しそうな光景を見て歓喜や安堵の感情を思い思いに表現している。
ただ僕だけが、僕だけがそれをさも当然の結果の様に見つめていた。
ラッパの音はやがてフェードアウトし何やら聴き覚え洋楽が流れ始めた。
……これはビートルズの「Let It Be」だっけ。
何かのまとめサイトでYoutubeのURLが貼ってあったからそこで初めて聴いた曲だ。
その頃は歌詞は知らなかったけど何だか感動した覚えがある。
音楽が流れている間、村民達は明日の希望を胸にその場に居続けた。
……そして僕はふと、パソコンの画面に顔を向けた。すると空と海のアニメーションに文字列が浮かび上がっていた。
――――…「Eternal lady」
その涼やかなる一文だけが僕の前に残り、確固とした生きる力を与えてくれた様な気がした。
*
現在、どこのラボもパニックになっている。
当たり前だ。私達が作って来た兵器が暴走しその兵器の幼い母は失踪しここの責任者まで留守にしやがった。
研究員の大半はお互い殺し合うか自殺して死んだ。後は絶望に苛まれながらも事後処理に追われている。
私?私は今研究所の寮の自室で余生を謳歌中。
しょうもないYoutuberの動画見ながらベン&ジェリーズのコットンキャンディーを食べてね。素敵でしょ。
まあそれも自堕落過ぎる気がするし昔の事でも思い出してみようかしらね。
今から3年前の事だ。私、ネリー・ロッソが初めてこのマサチューセッツ州のいかれた研究所にやって来たのは。
私は元々心理療法を学び、15歳にして博士号を取った…自分で言うのも何だけど天才だった。
17歳の頃、私はここの責任者に直接スカウトされてやって来た。自信満々にね。
愚かなくらい良い気になっていたわ。あの頃は。…だって、久隆永久子。まだあの化物を知らなかったんですもの。
久隆永久子はすべての分野に秀でていた。計算力、コミュニケーション能力、心理学、電子工学に情報工学、そして未来を見通す力も。彼女は必ず一歩先を予言して的中させた。あたかも知ってたかのように。自然界の物理法則に則りすべてを瞬時に判断することが可能だと高名な物理学者ラプラスは言っていたが、もしかしてこの人が?私は敵わぬ神才の出現に絶望した。
私が一番覚えている彼女との思い出は「メディア報道による人々の脳への影響」という共同研究だ。メディアの力で人々を煽り、人間の行動をどこまで誘導できるのか?それを一緒に研究した。
そんな永久子との研究をしている中、良く彼女がここの最高責任者であり私をスカウトした所長、
野鞠(のまり)・ファーニヴァルと様々な場所で話していたのを良く覚えている。
まあでも、別にそれは不思議じゃない。ノマリ博士と呼ばれていた彼は永久子の実の父親だ。何故かファミリーネームは違うけど。
彼もまた永久子に負けず劣らずの才人ではあったけれど…永久子が神がかり的な天才的な才の持ち主であるのなら彼は超人的だった。
優れた頭脳だけでなくあらゆる感覚に秀でていて高い身体能力やセンスも持ち合わせる本能で生きる様な男。
顔も確か当時30行くか行かないかと言うのに17の私とそう変わらなくて東洋人だからってのもあるでしょうけど永久子と並ぶとまるで兄妹みたいだった。
……でも、永久子はこの男と話す時だけはいつものひょうきんさは消えて人形の様な顔で接している。
私は彼女に対しては感情を悟られまいと極めて事務的なやりとりに抑えて共同研究していたからどうでも良いふりをしていた。
けれどある日のデスクワーク中につい、何かの拍子に尋ねてしまった。
「……ねえ、貴方、パパの事嫌いなの?」
「そんな訳ないでしょ。感謝してるわ、あの人には。本当の父親ではないのにここまで私を育ててくれて」
どういうこと?私はそう聞こうと思ったが、永久子にすぐに研究の話題に逸らされ、聞けずじまいになった。
そう、彼女はあまりにも謎が多すぎた。
あと、彼女がPCを使っている時は絶対に中を見てはいけないことになってたんだ。いつも変な笑い声が聞こえてきているから、私も中を覗かなかったけど。
そんなこんなで研究は完成したわ。
そして、彼女は集中したいことができたから、と日本のどこかわからない山奥の田舎に旅立ってしまったわ。メディア論の研究のおそろしさに気づいたのはそのあとのこと。いま世界で起きていることの原因はおそらく彼女よね。
でもその頃には私は彼女の事を嫌でも一人の友人として、情が芽生える様になってしまっていた。
久隆永久子…トワは間違いなく私にとっては親友だった。
あの子は確かに天才であり神に近い思想を持ち合わせていたと思う。…でもそれと同時に普通の女の子だった。
――――…少なくとも、あの男の前以外では。
そうだ。あいつだ。トワの父親として振舞っていたノマリの事。まあこいつの事はどうでも良いけど語らなくてはならない。
彼は私にトワの出生の秘密を教えてくれたのだから。
そう、あれは奴が丁度この研究所から姿を消した数日前の話。
私はノマリにトワがどこへ行ったか問いただしたわ。すると彼は、
「彼女は自分の神としての使命を果たしに行ったんだ。」
そう言ったわ。どういうこと?と尋ねると、
「彼女は神の子生成プログラムによって作られた人間なんだ。この地球の運命を我々人間は作り出した神の子に委ねたんだ。十数年間、倫理を学ばせた。そして、これから彼女は答えを出しに行くんだ。人間への」
ブックマーク: 0
32%

***ログインして続きを書いてね!***
ログイン