共鳴するゼェーテ

28人が参加

その日は僕が大学受験を受ける日だった。
お母さんが作ってくれたクラムチャウダーだけ飲んであとは漫画みたいに食パン片手に外へ出た。
曇り空の朝の道を行き駅へ辿り着くと駆け込み乗車でやっと息を吐いた。
そこからしばらくぼんやりとしていた瞬間だった。
ふと一瞬目の前が真っ白になったかと思うと…―――――窓から見えるのは何も無い草原だった。
しかもあれだけ賑わっていた車内には誰もいない。
狼狽した僕は車両を移動するがやはり何処にも誰もおらず先頭の運転席にすら誰もおらず…。
「無人で走ってる…?」
辺り一面緑の大地を窓越しに横目で見遣りながら困惑していると電車は木造の古めかしい駅に辿り着いた。
そこには一人の民族衣装の様な着物を着た10歳程の少年が一人立っていた。
少年は赤い文様の入れ墨を入れた可愛らしい顔立ちをしているが何処か凛としており大人びていた。
そんな彼は窓越しに自身をじっと見つめている。
怯えながら電車を出ると、彼もまたこちらに歩み寄り
「ようこそ、ゼェーテ。」
「な、何…?どういう事?君は誰?」
「私はイチル。誘う者。貴方はゼェーテ。共鳴する者。」

神の世界へようこそ。共鳴者ゼェーテ。
貴方こそが眠り続ける神、ゼェテオゥムと共鳴するものなのです。
僕は何が起きているのか理解できなかったが、彼が言っていることも嘘ではないのだろうとも不思議と思った。声がなぜか目の前の彼からではなく、脳内から湧き出るような。もう少し彼の話を聞いてみることにした。
そもそもなぜ僕が選ばれたのか?そこが一番気になる。しかし、少年は多くを語らなかった。不信感はあったがここがどこかわからない以上彼についていくしかなかった。
駅を出て草原の中に続く小さな小道を歩いて辿り着いたのは大きな屋敷だった。
所謂ヨーロッパ風の洋館で少し荒れた雰囲気はあるが白い煉瓦造りの立派なものだ。
「ここへ。」
「………。」
少年に促されるがまま荒れた庭を進んでいき少年が開ける扉の中へと足を踏み入れるとここもまた埃臭く随分と劣化していた。
ここは何なのだと少年に問いかけ振り返った矢先。
「あっ…」
ガラリと彼は崩れ落ちる。
先程までは人知を超えた印象はあったがそれでも確かに息づいた人らしさはあった。
しかし倒れた彼はどうだろう。
その身をゆっくり抱き起すと…その姿はただの無機質な顔立ちをした球体関節人形だった。
僕は意味のわからないことが連続しすぎて頭が追いつかなかった。だが、人外の存在、超越する空気がここは神の世界だという事実を明確に裏付けした。僕はもはやわけもわからず、洋館の中にかつて少年であった人形を背負い入っていくことにした。
人形の重みを感じながら長い廊下を進んでいくと寂れ荒んではいるが格式高い広間や応接室等がありそこをおそるおそる覗き込みながら探索をする。
やがて中庭へと続く渡り廊下を見つけ庭に咲く野花を眺めながら歩を進めていた時だった。
「ねえ、ちょっと」
女の声だ。その背後からの声に思わずビクッと肩を竦めると人形の首が後ろに垂れ下がるのも気にせず勢い良く振り返る。
そこにいたのは見たことないほど美しい少女であった。年は人形の少年と変わらないぐらいの。声はどこか妖艶で、引き込まれる感じであった。
「あなたが神に選ばれたニンゲン?」
そう少女は聞いてきた。
彼女は黒いレースのワンピースを靡かせながら悠然とこちらに歩み寄る。
そしてこちらの手を引くとこっち、と言って渡り廊下の向こうへと歩き出した。
行く宛ても無いために彼女について行くとそこは王様が座る様な椅子だけが置かれた奇妙な一室だった。
「その子を、イチルを置いて。」
彼女の言う通りにイチル、そう名乗った今は人形と成り果てたものをその王座へと置いた。…しかし何が起こるわけでもない。
どういう事だと問いかけようとしたら彼女はそれを察した様に先に口を開き、
「その子は動かないわよ。あなたが弱いから。」
「僕が…?」
「強くなったらまた動くわ。そのためには神に早く会いに行って、この世界と共鳴する事ね。」
「どう言う事?」
「あたしも良くは知らないわよ。あなたと同じでここに連れて来られただけだし、本当に神に選ばれたニンゲンを見たのは初めてなの。
貴方以外の人は皆ただただこの世界に共感してるだけ。だからここに居られるの。」
彼女の言っている事は訳が解らなかった。ここに来てからずっと訳が解らないけれど。
ただ、それでも何となく自分がこの世界にとって最も重要な役回りを選ばれた事は嫌でも理解する事が出来た。
「ねえ、一つ聞かせてよ。」
「え?」
「貴方は共感と共鳴の違いを説明出来る?」
少女はしばらく静止した。そして、ようやく口を開いた。
「ごめんなさい。漠然とは分かるのだけど、言葉にはできない。私たちは所詮共感する側のニンゲンに過ぎないのだから。共鳴するニンゲンなんて初めてだもの。」
彼女の言葉の僕はしばし考えこんでから改めて彼女を見据え
「でも、共感出来るのなら共鳴だって出来るんじゃないかな。誰だって。」
「どう言う事?」
「共感って言うのはそれに対して何かしらの感情を共有するだけのものだ。
でも共鳴って言うのはそれと感情を一つにし、何かを成し遂げようとする行為そのものだと思う。
共感と共鳴では熱量が違うんだ。ある意味それと同じになるんだからね。」
「……解りやすいんじゃない?」
彼女は僕の言葉に釣り目がちの瞳を大きく開いて微かに笑って見せた。
「その、「それ」が貴方にとっての神なのね。」
「それは知らないけど…、でも共有が出来るのなら共鳴する事だってそう難しくはないと思うんだ。
それらは人間誰しもが持っている力だと思う。だから…別に……」
僕でなくなって…、そう言おうとしかけた時、彼女はあっ、と声をあげて部屋を出ようとする。
「いけない。そろそろ時間だわ。」
「待ってよ。ここは一体…それに君は誰?」
「ここが何処かは解らない。でも…そうね、私…、私は、ニゥロイ。この世界の女神子よ。
……尤も、私がそう名乗って良いか解らないけれどイチルが言っていたわ。」
待って、そう叫ぶも彼女はすっと風の様にその場から消えてしまった。
何だったんだ…そう思っていたら廊下を走る足音が響く。…どうやらこちらに近づいている。
僕の足元にやってきたそいつは犬だった。だが、普通の犬とは違う。ぼんやりとしてはっきりとした輪郭を持たない犬だ。色合いも地球では見たことない感じであった。僕の周りを回ってわんわんと吠えた。案内してあげるよ、と言ったかのように脳に響いた。通じるのだろうか?
犬に連れられて、少し薄暗くなった廊下を歩いた。犬の動きは僕の知っているドッグとなんら変わりはしない。ぼくたちは洋館の裏にある庭にきた。草が生い茂っていて、しばらく使われていないんだろうと推測できる。
しばらく僕らはその場に棒立ちになっていると慌ただしく駆け寄って来る何者かの影が遠くから見えて来た。
……それは少女だった。僕とそう年は変わらない。女子高校生だろう。
だってこの灰色基調の清廉なブレザーは…。
「あっ…あのぅ、貴方がゼェーテですか?」
「はっ?…え、はい…。」
目の前にやって来た彼女に僕は思わず反射的にそう答える。
すると栗色のふんわりとしたロングヘアを軽く揺らしてその可愛らしい少女は花が咲いたかの様な笑顔を向けた。
「良かった!ようこそ、ゼェテオゥムが眠るこの世界へ!…あ、イチル、貴方が連れて来てくれたのね。」
彼女は僕の隣の犬へと跪くとその身を抱きしめた。
すると犬はサラサラと消えていき、細かな砂へと変わってしまった。
それを見た彼女は品の良い笑みを薔薇色の唇に留めたまま切なげに眉尻を下げ、
「イチル、貴方また無茶をして…」
「あの…その子はイチルなの?」
僕は思わず水を差す様に訪ねてしまった。
イチルとは僕を駅からこの屋敷まで案内したあの人形の事ではないのか?
不可解そうに顔を顰める僕に彼女は立ち上がり迷い無く頷く。
「イチルは様々な姿に変化…と言うより憑依するのでしょうか?ゼェーテ、貴方は違う姿のイチルを見たのですね。」
「僕が見たのは人形だったよ。最初は人間に見えてたけど。」
「ああ、あれはイチル用の高性能な器なんですって。ほら、えぇと、ロボットさんのアニメで搭乗員さんが乗るロボットさんみたいな…ね?」
忙しなく手を動かしながら必死に彼女は僕に説明をしてくれた。
お姫様みたいな綺麗な容姿、そして都内でも有名なお嬢様学校である千鳥峰(ちどりみね)女学院の制服姿とのギャップが妙に愛らしい。
この子は僕が最初に出会ったイチルやニゥロイと名乗る少女より随分と人間らしい。
僕と同じ様な形でここに来たのだろうか。そんな風に思案してしばし黙り込んで間が空いた所で我に返り、
「あの、君は…」
間が出来た間にこにこと微笑したままだった彼女が恥ずかしそうにあっと声をあげる。
「いけません!私の自己紹介がまだでしたね。私は千鳥峰女学院2年生結城愛里(ゆうき あいり)……ああっ、これは言ってはダメ!
やだ、もう…まだまだゼェーテに説明しなくてはならない事だらけなのに。」
顔を真っ赤にして俯いてしまうが彼女は意を決して顔を上げ
「わ、私はニゥロイ!この世界の神ゼェテオゥムに使命を授かった女神子です!
今日から貴方のお世話をさせて頂く者の一人ですわ。」
「え、どういうこと?」
僕の頭の混乱はピークに達した。ニゥロイという名は先ほどの少女も名乗っていた。今、目の前にいる少女が名乗ったのもニゥロイだ。別人なのか?それともイチルのように変幻したものなのか?
だが、見た感じ先ほどの少女とは違う。それにニゥロイというのはおそらくこちらの一般的な少女につける名前か何かなのでは?と推測できる。目の前の少女はニゥロイと名乗る前、日本風の名前を名乗った。なんとか学院とかいう肩書きまでつけて。先ほどの子とは聡明さの点で全く相容れない。やはり別人だな。
もう一人のニゥロイたる彼女はそんな僕を見て屈託のない笑みを深め
「あちらの世界の名前は結城愛里、です。ニゥロイと言うのはそうですね…えぇと。
役職の様なものでもあり、こちらの世界の名でもあるんです。
貴方のこちらの名が共鳴者ゼェーテである様に、私もまたここでは女神子ニゥロイなのですよ。」
僕の様子を察したつもりで少しばかりずれた回答を彼女は返したがまあ納得はした。
なるほど、それならばまあ合点はいく。
「ニゥロイっていうのは何人もいるものなの?」
「…いいえ?ゼェーテも、ニゥロイも…イチルも…一人だけです。この世界に同じ名を持つ者は二人もいません。」
僕は思わず声を荒げた。
「ええっ!?じゃあ僕がさっき見たのは…」
何だったんだ、そう言いかけた……その時だった。
ゆらり、空間が歪む。
荒れ果てた庭園の景色が変化し違う何処かに変わろうとしていた。
周りはチューリップの咲き誇るお花畑になっていた。まるで天国のような。ニゥロイと僕のたった2人だけ。彼女はここがもっともゼェテオゥムに近い場所だと告げた。しかし、チューリップ以外の目立ったものはない。ゼェテオゥムについて僕は無知すぎた。この世界では一神教か多神教なのかもわからない。
「もっと近く、近くへ行きましょう。…ほら。いっち、にーぃ、さんっ…し…」
彼女に言われるがまま、共に歩幅を合わせて数歩歩いた時だった。
蜃気楼の様に目の前に浮遊する巨大な石像が現れた。…いや、レリーフと言った方が良いのか?
細かな模様で彩られた石板の中に仮面を被り鎖で繋がられた巨大な男が上半身突きだした状態で埋まっている様な…。
その異様な存在に僕は言葉を失いその場に立ち尽くしていた。
「それがゼェテオゥム。君が共鳴するべき存在だ。」
背後からニゥロイとは別の声がする。…男の声だ。
その声に気付くや否やニゥロイは振り返ると満面の笑みで駆け出し彼に抱き着いた。
身長は185㎝以上はあるだろう、金髪の西洋人の男だった。僕らよりも年は上だ。
最低でも20代後半くらいだが整ったモデルみたいな顔と姿をしている。
…ただ、随分と疲れ切った様な世捨て人染みた雰囲気なのが気がかりだけど。
彼は抱き着くニゥロイの頭を撫でてそっと離すと僕に目の前へ近づく。
170行くか行かないかの僕にとっては威圧感が、凄い。
「私は、シルィス。ゼェテオゥムに仕える男神子だ。…そろそろ慣れて来た頃なんじゃないか?
君はここに来るまでに幾つも不思議な体験をしたはずだ。かつての私もそうだったが、ゼェーテなら尚更だな。」
低く、静かな声で彼は言う。
一方ニゥロイは彼が現れて緊張が解けた様に明るい眼差しを向け、
「シルィスは私よりずっと昔からゼェテオゥムに仕えているんですよ!とっても頭も良くて私より何でも…」
「そう言う事だから、質問があれば今の内に答えよう。ここでは時間は無意味だ。気が済むまで、幾らでも。」
捲し立てる様なニゥロイの言葉を遮る様に突き放す程事務的な物言いでシルィス、彼は僕にそう言った。
だから、僕は一つわがままを言った。ここに来て随分時間がかかって、頭の休養を取るために寝たい、と。シルィスはいいよ、と頷いた。
「君が起きるまでここにいよう」
僕は疲れからかすぐに爆睡してしまった。
僕は夢を見た。
何も無い、不安くらい白い空間続くだけの場所で佇む僕。
イチルだった。そう、初めて出会った少年の姿をした、彼だ。
しかし背中を向いていて顔は見えない。
近づいて彼の肩を叩こうとした瞬間、僕が別の誰かに肩を叩かれた。
反射的に振り向くと、そこには……
ガタイのでかい渋い顔の男がいた。何か見たことある気がした。隙を見せなず、つかみどころのない雰囲気。しかし、僕から目を離さない。そのとき、思い出した。彼がゼェテオゥムだ。あの埋まっていた上半身の神だ。僕の共鳴先でもある神だ。
あの巨大なレリーフの状態では仮面を被りじゃらじゃらと拘束具を付けられていたけれど今はそう、裸だ。
これが何もない素体のゼェテオゥムとでも言うのだろうか。でも不思議と恐怖も嫌悪感も無い。
こちらが幾ら呼びかけても彼は何も答えない。困り果てていた時だった。
「まずは共感してください。本来神とは声を放ちはしない。」
先程まで背を向けていたイチルがこちらを振り返っていた。
思わず子犬みたいな縋る様な目を向けるとイチルは微かに微笑み
「共感無くして共鳴は出来ない。彼の身に触れ、心を知ろうとするのです。」
僕はイチルに言われるがままゼェテオゥムの素体、その肩辺りに触れる。彼は拒まずにただ目を閉じた。
僕もそれに合わせる様に目を閉じる。
……すると、自分のものではない記憶や感情が僕の中に溢れて来た。
ゼェテオゥムが生きた歴史。神として誕生し、この世界に君臨して、見てきた歴史だ。僕の目なのにゼェテオゥムの目線で走馬灯のように駆け巡っていく。そして、七色の感情。虹色のシンフォニーが僕の胸に宿った気分だ。神の感覚と記憶が一体になる。これが共鳴なのか。
ゼェテオゥムとは遥か昔人類により存在を抹消された神だった。
かつてゼェテオゥムは人々の心を悪しき感情から守るための戦士としてとある魔術師により作られた人工的神格だった。
しかしその力は強大で沢山の人々の憎悪や嘆き悲しみ、妬みを打ち、消し去っていくにつれて自身が闇の心に覆われる。
やがて暴走したゼェテオゥムは人間の心を逆に蝕む事で自分を便利な道具として利用した人類に復讐を目論んだ。
…だが、自身の親である魔術師により勘付かれ心を抜かれ空の身体は閉鎖された異世界に拘束具を付けられて封印されてしまう。
しかし魔術師は一つ、ゼェテオゥムに封印を解く条件を提示した。
「お前が光の心を手に入れたら闇の心と共に身体に戻し自由を与えてあげよう。そのためにもう一度、人々の心を救いなさい。
しかし今のお前は身体と心が分離していて神の力は機能はしない。…だから人間を一人選びなさい。
お前の心や身体、記憶、力全てに共感し、そして共鳴出来る者を選びなさい。それがお前の持つ神の力を行使する代行…共鳴者だ。」
…ゼェテオゥムはその条件を受け入れた。自身の力を人間に貸し与えもう一度使命を全うする事を。
いつの日か、光の心を手に入れて自由になる日を待ち望んで。
気がつけば目の前にはイチルも、ゼェテオゥムの心の化身たる男も居なかった。
でも確かにこの身がゼェテオゥムの全てと一体となっている事は解る。
僕は、無意識に手を上へと伸ばしていた…すると、
一瞬世界が煌めいた。僕は理解した。ゼェテオゥムの失った光の心を持つものなのだ、と。対となる存在。だから神と共鳴できたのか、と。
そして、視界が揺れた。僕はもといた洋館にいた。ニゥロイが横にいた。
「どうでした?神の視点は?」
僕は天蓋付きの王様みたいな大きなベッドに寝転がり仰向けでしばし考えこむが。
「確かに大きかった。大きかったけれど……」
「けれど…?」
「まあだからと言って人間と大差無い気がしたよ。そう思うのは僕が彼と一瞬でも一つになったからかも知れないけど。」
その言葉にニゥロイは何処かわくわくした様な表情で行儀良く腰を下ろしたまま僕の顔を見下ろし
「さすがはゼェーテ!素晴らしい余裕ですわ。」
その感想はどうなんだろうと思わず苦笑を零すがそう言えばと身を起こし
「シルィスは?」
「シルィスはあなたが共鳴したことにより崩れた世界の破片を回収しに行きました。あなたはまだ神の力をコントロールできていません。無意識に世界のバランスを揺るがしてしまうのです」
「どうしたらいいんだい?」
「あなた自身の光の力。それを完全に掌握してほしいんです」
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